ペアシート

マルハンパチンコタワー渋谷が閉店したのは2016年1月のこと。表向きはマルハンが入っていたビルの賃貸契約満了に伴っての閉店ということだが、関東進出第1号店を閉店せざるを得ないほど窮地に立たされた経営だったと推測される。

平成7年(1995年)7月7日(777)にグランドオープンしたマルハンパチンコタワー渋谷。当時のパチンコ遊技人口は「レジャー白書」調べで2900万人もいた。マルハンが閉店した2016年のパチンコ遊技人口はというと940万人で約3分の1まで減っている。

レジャーの多様化やパチンコ業界全体の規制などの影響で遊技人口が減っている部分もあるだろう。しかしそれだけではないと思う。いざパチンコ勝負となってもそれなりの時間が必要である。

例えば、約束した時間より1時間早く着いたのでちょっとパチンコでも打とうなどと思っても、1時間足らずで結果が出るのは難しい。その間ずっとお金を無駄に支出している場合もあるし、運よく確変で当たったとしても取り切れず泣く泣くパチンコ屋を後にするか約束相手を待たせてパチンコを打ちきることになる。さすれば携帯でゲームなりユーチューブなりを観て待ち時間を過ごすのが賢明であろう。

能書きはこれくらいにしてマルハンのことについて戻ろう。マルハンは他のパチンコ屋に先駆けてペアシート(カップルシート)を導入していた。最近ではほとんど見かけなくなったが、ペアシートとは2人掛のソファー席で並んで打てる画期的なシステムだった。必ず男女で座らなければならず、1人や男性同士、女性同士では座れなかった。たとえそこに愛が成立していてもだ。

当時のパチンコ屋は他人とのパチンコ玉共有を認めていなかった。しかしペアシートだけはパチンコ玉共有が認められていた。そしてペアシートはパチンコ屋の入り口付近の一番目に入る場所に設置されることが多く、そこにドル箱がいっぱい積んであれば店としては良い宣伝効果になる。

だからパチンコ屋としてはペアシートのクギを甘くしてお客に勝たせる仕様にしていた。その光景を見たお客が次は彼女と一緒に来店しようと考えるわけだ。

そんな美味しい状態だったので私も一度打ってみたいなと思っていた。当時たまたま彼女がいなかったのでR子を誘ってみた。

R子は学生時代からの友達で社会人になってからもよく連絡を取っていた。R子は学生時代にレゲエにハマってしまい、ドレッドヘアーにするわ レゲエミュージックを究めるといってジャマイカに旅立つわで中々のファンキーガールだった。

さすがに社会人になったR子は落ち着いた感じだったが、彼氏がマリノスのボンバー中澤風でファンキーだった。

もちろん今の中澤選手ではなくアフロヘアーのイケイケボンバーの頃である。

ペアシートパート2へ続く